「夢」は、いつもそこにあった。




 いつか叶うものじゃなくて、いつも叶うものだった。


 ただそれは、




 酷く無意識で、悲しいほど真実で、









 たとえば向こう側を視てしまっても、

 自分に降りかかる災いであっても、


 私はそれから逃げられない。












   "予見者"の再来だね。






 魔女が笑った。





























        予見者の転生



























「……………」

 ずぅんとそびえ立つ校門を前に、は呆然と立ち尽くしていた。

 彼女は今日付けで聖創学院の2年生になる。

 ここ聖創学院大付属高校とは、近年増えてきた単位制高校に先駆けて単位制をとっている学校だ。

 そんなところが面白そうだと思い、ここを転校先として選択しただったが、何故だか非常に浮かない顔をしている。

 その理由とは、の真上に覆い茂っている木々の持つ、異様なまでの薄気味悪さだった。

 傍目見た感じは大きな、至って普通の木に見えるのだが、の第六感がそう感じることを許さない。


「……回れ右して帰ろうかな………」

 本人としては許されるのならば今にも踵を返してダッシュで実家に帰りたい。

 が、手続きその他諸々は既に済ませてしまっているためそれは両親が許さないだろう。

 第一、両親には幽霊の類が見える聞こえる触れるということなど話していない。

 この有り難迷惑な能力が身に着いていると理解したのは小学4年生の頃。

 それよりも前にわかっていたら親にすんなり話すことも出来ただろうが、ある程度常識がわかってきた年頃ではどうしても言い出しにくい。

 それにまず何よりも。

 この能力は、生まれもって身に着いたものではないらしいということがの頭をもたげていた。







 まあその話はこの際無視するとして、彼女は今全く別のことで頭を抱えていた。

「どうしたらいいのかなこのデッカイ門……」

 は身長162cm、女子としては平均よりも高いほうである。

 おまけに、前の学校ではサボりながらも運動部に所属していたので、それなりに力はあるのだが。

 それにしたって大きすぎる。

 この横長の門を突破するにはどうしたら良いのだろうと悩んでいると、の中にある1つの考えが浮かんだ。

 実行するにあたってはほんの少しだけ考えもしたが、遅刻寸前のこの状況。

 転校初日から遅刻だなどとマンガみたいな出来事は避けて通りたい。


「―――背に腹は代えられない、ってね」

 鞄を、緩やかにアーチを描いた門の向こうに放り投げる。どさりと重たい音を立てて落ちた鞄を踏まないように場所を選んで―――

 力をためて、真っ直ぐ勢いをつけて跳ぶ。

 門の上に右手をついて、ぐん、と全身を門の向こうへ押しやる。

 両足を揃えて、全身で衝撃を殺すようにしゃがむ姿勢をとって、着地。


「…久々にやったけど、うん。まだまだいけるね、私も」

 よいしょっと立ち上がって、ぱんぱんとスカートを払っていただったが、まさか、自分の一連の行動を目撃されていただなんて思いもよらなかっただろう。



「うわ……!」

 ん、と顔を上げたの視線の先にいたのは、茶色い髪をした、人懐こそうな少年。

 もしかしてもしかしなくても、これは見られていたのだろう。直感でそう感じたは、



「あの、すいません。誰にも言わないでもらえますか?」


 と、困ったような顔をして上目遣いに少年に頼んだ。

 伊達に前の学校で5本の指に入る猫被り少女だと言われていたわけではない(あまり名誉なことではないが)。

 ちょっとだけ瞳を潤ませれば、案の定。

「わ…わかった、言わないよ!言わないから泣かないで、な?」

 言葉は悪いが、少年はころりと引っかかってくれた。

 ついでに職員室まで案内してくれたこの少年は、名前を近藤武巳と言う。











 チャイム30秒前でギリギリ遅刻を免れたが担任について行った先にいたのは。

「あ………!」

 さっき口止めした、あのお人よしそうな少年だった。

 かろうじて大声になることは避けられたので誰も気付かなかったが、それは少年の方も同じだったらしい。ほーっ、と胸を撫で下ろしている。

 それから意図的に少年を見ないようにして、は教壇に上がった。

と言います。ご迷惑お掛けすることもあるかと思いますが、よろしくお願いします」

 極め付けに、にっこりと微笑み。


 前の学校での友人曰く「同性も異性も味方に引っ張り込む」という笑みは、どうやらここでも効いたらしい。

 嫌な顔をしている生徒は誰もいないことを確認して、おや、と目を留めた。



 端正な顔立ちを前髪で半分隠している、全身黒尽くめの少年。転校生の紹介にも耳を貸さず本を読み耽っている。

 そして彼の隣。窓側の一番端に、ぽっかりと空いた席。の席はそこでまず間違いないだろう。



「空目。教科書を見せてやれ」

 担任の声でようやく顔を上げた少年は、こっくりと頷いて再び読書に舞い戻った。余程本が好きらしい。

 寧ろ活字中毒の域を超えている気がするのは自分だけだろうかと思ってみたりもしたが、気を取り直して示された席についた。

「空目くん、よろしくね」

 笑って、改めて挨拶すると、彼の反応は

「ああ」

 と、至って素っ気無いものだった。まるでタレの入ってない納豆のようである。

 思わず「挨拶は日本人の基本でしょー!!!?」と掴みかかりそうになったのだが、そこは転校生という身分、顔には出さず収めた。






 そうして教科書を見せてもらうことにしたのはいいのだが、ひとつ気がかりなのは。


(あの女の子は誰なんだろう………)


 の右斜め後方、空目のちょうど後ろに、ちょこんと佇んでいる臙脂色のケープの少女。

 あれはどう見ても現世に住まう人間ではない。

 かと言って、幽霊に値するにはあまりにも強烈なその怪奇なるオーラ。



 少ない知識をもってして、頭をさっと巡らせた。

 出した結論は。



「…………"神隠し"、か………」





 ぼんやりと呟いただけだったのだが、どうやら地獄耳らしい空目恭一。





「………視えるのか?」




「………………はぃ?」

 思わず裏返った声は思っていたよりも小さく、またしても授業中のクラス内で聞かれることはなかった。


 しかしそれは空目の耳にはしっかり届いたらしく、鋭く切り返してきた。

「後ろにいるあやめが視えているのか、と聞いている」


 表情は険しい。これは冗談を言っている顔ではない、は直感でそう感じた。




 息をゆっくり吸って、吐いて、誰にも緊張を悟られないように深呼吸して。

 それから顔だけつい、と空目に向けて、或いはあやめに向けて。



「………視えるよ。可愛い子だね」



 笑った顔は、どうしてだか切なかった。


 その理由を、空目は、そして自身は、知らない。








 ふ、と顔を上げた少女は、快晴だった空が曇っていく様を見て、にっこりと笑った。

「…………来たんだね、憶えなき予見者」

 その表情は何かを愛しむような顔で、

 その仕草は何かを慈しんでいるようで、

 その存在はおかしいまでに透明だった。



 人は、彼女を魔女と呼ぶ。