夢に出てきたそのひとは、あまりにも強烈で。
予見者の転生
空目と約束をして別れたのち、は自宅マンションへと足早に直帰した。
生徒には寮住まいが多い。
とて寮があるから此処を選んだのだし空目にもそれは言ったのだが、生憎今は部屋が空いていないとのこと。
そんなわけで、荷物置きに使われていた部屋を整理するまでの間、程近いこのマンションに住むことになったのだ。
賃貸料はタダ。それならばと、がめついばかりに飛びつき現在のところは自宅通い扱いとなっている。
ガチャリと玄関の鍵をかけると同時に、すう、と灯が目の前に現れた。
山ほどもある質問をぶつけるためにこうも急いで帰ってきたというのに、はそれを訊く前に灯に制されてしまう。
「お前の質問に答えるためにわざわざ出てきたわけじゃない。…第一、今私にそんな暇はない」
「じゃあなんで出てきたのよ?」
至極もっともな疑問だったが、灯はそれに答えることはせず。
の目前に、フッと右手をかざした。
瞬間、ぐらりとの身体が傾き、そのまま重力に従ってフローリングの廊下に倒れ込む。
すんでのところでそれを受け止めた灯は、そのままふわりと少女を抱き上げて寝室へと運ぶ。
深い眠りについた少女の身体は、法則に反して意外にも軽い。
風邪などひかぬようにしっかりとベッドに沈めておいて、ぽつりと漏らした。
「………お前を護るためだ。多少強引だが致し方ないことだと諦めろ、」
多少どころではないのだが、そこを指摘する者はいなかった。
一方超強引に眠らされたは、その間夢を見ていた。
―――――というか、まるで現実のように生々しいまでの存在感と対峙していた。
「………………えーと」
どうしたらいいのだろう。は途方に暮れていた。
なんせ目の前には薄ら笑いを浮かべた、一瞥しただけでは男とも女ともつかないような野郎がいるのだから。
灯が自分の質問に答えなかったところまでは憶えているものの、気付けばこの男とお見合い状態。
その後何があったかは想像するしかない。
そして、気付けばいつも共にいるあの妙ちくりんの性格と行動パターンは、たまにものすごくわかりやすい。
「……あんの野郎また強引に寝かせやがったな…!」
起きたらプロレス技かけてやる。
そんな物騒なことを考えていたのが顔に出ていたのか、男がくつくつと笑い出した。
「…いやはや………。こんな少女だったとは思いもよらなかったよ」
「………は?」
目が点になりそうになりながら、かろうじてが返したのはそれだけだった。
そんなには一切構わず、目の前の男はいかにも意外なものを見るような目でこちらを向く。
「"予見者"とはもっと後になってから遭遇すると思っていたからね……まぁ、これはこれで面白い」
こっちはちっとも面白くない。とはさすがにこの状況で言える冗談ではなかった。
周りは何処を見ようとも真っ暗。
自分達だけが光を内から放っているかのように、と男だけがその闇にくっきりと浮かび上がる。
ここまで人間の恐怖心を駆り立てるものがあるものかと、気付いた瞬間身震いしたほどに気味が悪い。
今ならホラー映画も笑って観られるというものだ。
ただ、それは此処が得体の知れないものだからこそ。知れたらそうでもないのかもしれない。
そんなの思考を読んだかのように、男がさらりと言った。
「此処は私の庵だよ」
「…へ、へぇー………………………………庵?」
たっぷりの間を置いて返した質問に、男は小さく頷いた。それで十分だった。
……………………………起きたらプロレス技を出来る限り精魂尽きるまでかけまくってやる。
あのふわふわした光の塊に物理的な攻撃など効かないのだと思い知っているくせに考えてしまう。
自分を清々しいまでに強引に寝かしつけた灯を、つくづく恨まずにはいられなかった。
「…………来ない?」
「あぁ、さっぱりだ」
「……………」
翌朝、空目は早朝から眉間にシワを寄せた。
案内役として校門前に待たせておいた村神が1人で部室へやってきて、約束の時間を過ぎてもが現れないという。
1ヶ月前に約束していたとしたならまだしも、交わしたのはつい昨日のことだ。丸一日経っていない。
あの時は、約束を破るような性格を持っているようにはとても見えなかったのだが。
「…………いつまでも此処にいても仕方ない。行くぞ、村神」
「…あぁ」
実はとんでもない遅刻魔なのかもしれない。
そんなことを考えたのかどうなのかは定かではないが、比較的あっさりと空目は自らの教室へ足を向けた。
しかし結局、待ち人は放課後になっても現れなかった。
「………………………」
「…相変わらず寝起きの顔は凄まじいものがあるな」
「誰のせいでこうなったと思ってんの」
「さぁな」
しれっと言い放った浮遊物をぎろりとひと睨みしておいてから、はふあぁ、と大きく伸びをした。
カーテンが締め切ってあって、今何時かわからない。
仕方なしに起き上がって時計を見遣り――――――絶句した。
「私に物理的攻撃は効かんと何度言えばわかるんだお前は」
「うるさいうるさい!なんたってもう夕方なのよー!!」
「まだ昼間だぞ」
「んなこと言ったってもう3時過ぎてるじゃない!今から行っても6時限すら出られないじゃない!!」
「まぁ確かにここまで良く寝るとは思わなかった」
「信じらんない灯の馬鹿ー!!」
勢いよろしく飛んできた枕をひょいと避けて振り返ると、そこには鬼の如き形相の少女の姿。
「物理的攻撃が効かないならわざわざ避けんな―――――ッッ!!!!」
近隣から1件も苦情が来なかったのが不思議なほどの大声が、新居に響き渡った。
「もうどうしてくれるのよ私空目君と約束してたのに!」
今から行ってもいるかどうかわかんないううん絶対いないと悶々と頭を抱えるを、灯はどこか安堵した目で見ていた。
――――――――決して、壊しはしない。
それは、夏休みの少し前。
+++++++
最後の1行でようやっと本編に絡めるかなぁといったところです(そうです実は原作沿い)
でももしかしたらそれはほんのちょっとだけであとは全く絡まないかもしれません…あはは。