いつもの如く、呑み過ぎたせいでキャベジンを買って来いとか言われるのかと思ってたら

「此処のお店にね、紅茶の茶葉を取りに行って来て頂戴」

 その言葉と一緒に渡されたメモ用紙。

 ぺらりと広げて、思わず眉間にシワが寄った。



 …………だから筆で描くな書くなと何度言ったら解るんだよこの人は……!!

























         戯れの魔女






























「本人には四月一日の特徴は言ってあるから、近くまで行けば店から出てきてくれるわ」





 ……とは聞いていたものの、なんて言われたのかまでは訊かずじまい。

 何だろう。…「眼鏡で学ラン着た男の子」「髪がハネ気味で」……うわ、おれってば特徴ない。


「あーあ、筆で描かれても解るようになったあたりが慣れだよな……」

 慣れって怖え。

 メモ用紙片手に入り組んだ路地をウロウロしていくと、………行き止まり。

「あれ、道間違えたかなおれ?…でもコッチで合ってると思うんだけど……」

「ええ、合ってますよ」

「ですよね。じゃあなんで行き止まり…――――って、何ですかアンタ!?」

 気配もなく背後に立っていたのは、おれより頭ふたつ分ぐらい小さい女の子。小学校低学年並の小ささだ。

「わたしは案内役です。今日和、四月一日さん」

 にっこりと微笑まれた女の子につられてつい笑いながら挨拶を返すと、女の子は足早におれの前に立った。

「わたしの名前はイリュと言います。ネーミングセンスが無いマスターで困るのですが…まぁそんなことはどうでもいいですね。

 それでは、あまり時間も無いことですし参りましょうか」

 そう言って、目の前のブロック塀のひとつをトン、と押した。


 ………ガラガラガラガラガラガラッ!!!!

 みるみるうちに、目の前のブロック塀が壊れていく。


 …目が点になってもこれは…仕方ない、よなぁ。

「コッチですよー」

 にこにこと笑顔のまま、立ちはだかる壁はどんどん壊してどんどん突き進んでいくイリュちゃんに慌ててついていく。

 ふと、そのうちあることに気付いた。


 イリュちゃんが手を触れた塀とか壁とか、確かにガラガラと崩れちゃいるけど。

 粉々ではない。……綺麗に形を保ったまま、崩れてる。

 まさかと思って後ろを振り返ると、通ってきた壁は全て綺麗に元に戻っていた。





「人様に迷惑をお掛けする魔術師なんて、魔術師の風上にも風下にも置けませんからね」

 はた、と前に向き直ると、イリュちゃんは消えていた。

 代わりに、妙齢の女性が前に立っていた。…いつの間に?

 おれより頭ひとつ分小さい彼女は俺をひと目見るなり、ふわりと笑って言った。


「ようこそ、四月一日君。……あぁやっぱり、侑子ちゃんの言う通りだねぇ…」

「………何がですか?」

 おれの質問に、彼女の答えは。


「アヤカシを引き寄せる、ある意味性質の悪い男の子だって」

「…イヤまぁそれは確かにそうなんですけどでももうちょっと説明の仕方もあったんじゃないんですかねあの人は…」

 思わず頭を抱えたおれにくすくすと笑って、そこでようやく彼女は自己紹介をした。

「わたしは。ティールーム『ROLL』のマスターをしてるの。これからちょくちょく会うから、憶えててね」


 その時彼女―――さんに感じた、既視感にも似た感情。

 心が温まる、けれど胸は高鳴らない。

「せっかくだから、お茶でも飲まない?」

 さんの誘いには、やんわりとした強制が含まれていた。



 …なるほど、侑子さんの友達っていうのも頷けるかもしれない。











「これが侑子ちゃんに渡す茶葉よ。貴重なものだから、落とさないように慎重に扱って帰ってね」

 そう言って、さんはカウンターの下からひょっこりと顔を覗かせた。手には茶色の紙袋が握られている。

 はい、と渡された品の良い紙袋からは、普通の紅茶の茶葉の香りが漂った。…うん、結構いいものらしい。

「貴重って、何ていう茶葉なんです?コレ」

「それは企業秘密」

 ふふ、と含み笑いをしたさんの表情を見て、今は絶対に教えて貰えないと悟る。

 …今は。次は教えてくれるかもしれないと、ひと匙の期待を抱かせる笑い方が出来る女性だった。


 はっと気付く。

 随分と久しぶりの感覚で忘れていたとしか言いようがない。








 彼女の雰囲気と物腰、柔らかく笑う表情は、母が子に向ける慈しみととても良く似ていた。












「大変な思いをしてきたんだねぇ、君は。…侑子ちゃんと会えて良かったね」

 また慈しむような顔をして、さんはまるで撫でるようにぽんぽんとおれの頭を叩く。

 頭ひとつ分おれより小さいことなんて、まるで気にも留めず。

 会ったばかりで全てを包み込むことが出来るほど包容力のあるひとを、おれは知らなかったから。



 ………うっかり涙が零れかけたなんて、何が何でも言えない。

 男はしょうもない面子に拘る生き物なんだよ、仕方ないだろ。なんて。





「いつか必ず願いが叶う時が来るよ。侑子ちゃんは、約束はちゃんと守る人だから」

「…だと、良いですけど」

 ぼそりと愚痴を込めて呟いた言葉は、どうやら彼女には届いたらしく。

「ふふ…………大丈夫よ、そんなに焦らないで」

 幼子をあやすようにゆっくりとした口調で言われてしまって、おれはすごく恥ずかしくなって。


「じゃ、じゃあ帰りますおれ!」

 勢い良く立ち上がったせいで、僅かに残っていた紅茶がティーカップから零れる。

 随分勢いが良かったのか、下に引かれたランチョンマットにまで飛んでしまった。…ヤバい、紅茶の染みは取れないのに。

「っわ…!あ、すいませんおれ……!」

 慌ててハンカチを出そうとすると、「いいの」と言って目の前でさんは人型の紙を取り出した。

「すぐに洗えば染みは取れるわ。……ね、ジョン?」

 ふ、とさんが紙を吹くと、ボン!と小さな爆発が起こった。




「……そうやって肉体労働は全部僕に押し付けるんですねマスター…」

「あら、何のためにわたしが君を創ったと思ってるの?」

 爆発のあとにいたのは、イリュちゃんと瓜二つの顔をした男の子だった。…もう驚かねぇぞ。

 おれと同じぐらいの身長。

 その男の子は随分と不貞腐れてて、なんていうか…反抗期?

 そんなことをぼんやりと考えていたら、男の子―ジョンだっけ、が口を開いた。

「いいですよやりますよー。ていうか名前どうにかならないんですかホント?」

「ジョン嫌い?うーん、……どっちも幻だから良いと思ったんだけどなぁ」

「イヤですよ。考えてみてください、マスターに兄弟がいたとして」

「兄弟なんていないわよわたし」

「だからいたとして!仮定ですよそんなことでいちいち話の腰を折らないで下さい!」

「やあね、そんなに怒らなくてもいいじゃない。…うん、イヤかもしれないわね」

「でしょう?どうしてイリュージョンを二等分して名前にされなきゃいけないんですか」

「でももう定着しちゃったし、諦めてv」

「…………ッ…!」













 もしかしてもしかしなくても、さんってイイ性格…?





 イリュちゃんが言ってた「ネーミングセンスが悪い」っていうのにも、合点がいった。

 おれをまったく無視して繰り広げられていた口論ともつかない口論は、結局ジョン君が

「あーもうわかりましたよ!とにかく染みにならないうちに洗ってくればいいんですね!?」

 とか何とか言っておれのランチョンマットをティーセットからいとも簡単に引き抜いてキッチンに消え、落ち着いた。


「やっぱりジョンはジョンであってジョンだからジョンってつけたんだけどな…」

 残ったさんはぽつりとそんなことを言ったけれど、それって要するに変える気がないってことなんじゃ…。






























「相変わらずねー、も」

 おれから茶葉の入った袋を受け取った侑子さんは、おれの話を聞いて声をあげて笑った。

「初めすっごい優しい人だと思ってたんですよ」

「でしょうね。優しいのよ確かに。ただ、時として物凄くしたたかだったりするときがあるのよね」

 あれは困りものだわーとか言いつつ袋を開けかけた侑子さんは、そこでぴたりと手を止めておれに向き直った。




「四月一日、アンタ――――この中身、見ちゃいないでしょうね」

 至極真剣な顔をして言うものだから、思わず姿勢を改めてぶんぶんと首を振る。

「それなら良いのよ。アンタみたいのが見たら、絶対にヤバくなるシロモノだから」

 にか、と笑って袋をまた閉めると、いつもは誰かしらに行かせるくせにその袋は侑子さんが自分で蔵に置きに行った。

 行きながら、しっかり注文することも忘れずに。


「あぁそうだ四月一日、今夜の晩御飯はナスカレーが食べたいわねー♪キンッキンに冷えた生も用意しといて頂戴vv」

「アンタ今の季節わかってんのか、冬だぞ冬!!ナスは夏野菜だ!」

「やーね、現代季節無視して捻じ曲げて生きてるんだからスーパー駆け回ればナスの一箱や二箱すぐに見つかるわよー」













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 それから蔵へ行った侑子が何をしていたかといえば。

「やぁね侑子ちゃんてば。わたしよりしたたかな人が何言ってるの?」

「そういう言動の端々にアンタの腹黒さが窺えるわー」

「次元の魔女さんほどじゃないですよー」

「何言ってるのよ、戯れの魔女とまで言われてたくせに」

「それ、四月一日君に言わないでね。嫌われちゃうと困るからなぁ」

「なに、狙ってるの?」

「家事全般完璧にこなすっていうじゃない。お手伝いさんとして来てもらおうかな」





 四月一日を巡って(?)水晶玉越しの会話が繰り広げられていたとかいないとか。






 結局袋の中身が何だったのかは、2人のみぞ知る………?










++アトガキ++

 …書いてみたくなったんです。

 それだけなんですよ…!!(汗)