甜茶はもう飽きちゃったの。
市販薬は体質が受け付けない。
もうこうなったら、侑子ちゃんに頼るしかないわ………!!!
戯れの魔女〜花の脅威〜
ピンポーン。
「はーい!」
四月一日がバイトとして働いている壱原邸に高らかにチャイムが鳴ったのは、ある日の午後。
迎えに出た四月一日は、一瞬硬直した。
チャイムの向こう側にいたのはまぎれもなく喫茶店の主人。
小柄でもってふんわりとした出で立ちはまさしく彼女そのものなのだが、今日はわけが違った。
「あ゛――………侑子ぢゃん、いるがな?」
普通濁点のつかないものまで見事に濁点読みのは、帽子を目深に被り、大きなサングラスをかけていた。
さらに言うならば、鼻まで覆う大きなマスク。
そして強烈なまでの鼻声。
ついでに、いくら風が身を突き刺すほど寒かろうとも、現在の季節は春。
ここまでくれば誰でもわかるだろう。
は重度の花粉症持ちである。
実は幼い頃から発症していて、これだけはいくら魔女といえどもどうすることも出来ないらしい。
壱原邸に入ってようやく防御を解いたものの、の目は真っ赤に充血していた。
「この季節になるとうっかり外には出られないの。もう本当困っちゃうわ」
そんなの家系はといえば、花粉症持ちなど100人にひとりの割合だそうだ。
つまりまぁ、嫌な縁と手を繋いでしまったというわけで。
「出来るならこんなもの、もう縁は切ってしまいたいのだけれど…なかなか自然と自分の身体を相手にすると難しくて」
仕方ないからもう何年もこのままよ、とムスっとしかめっ面をしてみせた。
「おれは花粉症なったことないから良くわかんないすけど…見てるほうも痛々しいですね」
そう言って自分の目を指した四月一日の手は、しっかりと廊下の窓を閉めている。
「………あぁ、何も言わなくても窓を閉めて気遣ってくれる四月一日君が大好きだよ…」
その言葉だけで、彼女がどれだけ花粉に苦しめられているか理解出来るというものだ。
「侑子ちゃーん…」
花粉に体力も精神力も奪われていつもより4割覇気のない呼びかけに、侑子はあははははと笑った。
「アンタみたいのでも、やっぱり勝てないモノはあるのねー」
「そんな悠長なこと言ってないで、依頼したもの頂戴侑子ちゃん…」
へろへろになったが手を出すと、そこにポンと紙包みが置かれた。
「お代は後日請求ってことでいいわね?」
「ええ……ありがとう」
こくこく頷くと、は紙包みを開けてさらさらと喉に粉薬を流し込む。
苦い表情を顔いっぱいに浮かべて一息に飲み込むと、「やっぱり粉は嫌いだわー」とぼやいた。
一連の行動を見ていた四月一日が訊けば、「対花粉症用の特効薬」と簡潔な回答。
「甜茶はお茶って感じがしないからもともとあまり好きじゃないの。市販の薬も効かないし…」
これがいちばん効くってわけ。そう言って、空になった紙包みをかさかさと振る。
「1回飲めば効くのがありがたいよねー……お代はかかるけど」
「これも商売のうちよ」
毎度ありーと笑ってから、侑子は四月一日のほうに向いてお茶を持ってきてくれと頼んだ。
パンプキンパイ事件から何日かは経ったものの、あの膨大な洋菓子は未だなくならない。
なので、最近のお茶といえば紅茶にケーキのお茶請けなのだった。
「…うえ、まだ苦い………」
べぇと舌を出してから熱い紅茶を一気にすするあたり、相当苦かったのであろう薬だったが、
「あ、目治ってきましたね」
効力は抜群。苦い思いをする分大層効く。
飲んでから10分で目の充血が治まる程度には。
「これだからいつもシーズンが来ると頼んじゃうのよねぇ」
お陰様で今後は忙しくなるわ。皮肉を言って、一口チーズケーキを摘む。
「私は大助かりだから一向に構わないけどねー」
皮肉をあっさり流してアールグレイを一口飲む侑子に、は
「いつか侑子ちゃんに花粉症の恐ろしさを思い知らせてやる……」
などとドスをきかせてジト目で侑子を睨んでおいた。もっとも、それ如きで怯む軟い性格ではないことぐらい知っている。
――――数日後。
「ふざけるのも大概にしてよ侑子ちゃんてばー!!」
古めかしいダイヤル式の電話回線をめいっぱい引っ張って、は受話器の向こうへ声を張り上げていた。
向こう側では、きっと侑子が受話器を耳から離しつつも笑いを堪えているのだろう。
『今年の花粉が例年の何倍だと思ってるの?当然それに見合うだけのお代は貰わないとね』
「うっ………」
それを言い出されると言葉に詰まる。
30倍60倍それ以上と言われる量の花粉の被害をあれ以来被らずに済んだのは、間違いなく侑子の特効薬のお陰だ。
『よろしく頼んだわよ、。アンタ以外にこんなこと出来るの居ないんだから』
「…………わかったわよ……」
渋々了承したに、侑子は電話の向こうでくすりと笑った。
――は知らないかも知れないけれど。
「アンタが思ってる以上にアンタの力は強烈なのよ」
異界を渡り歩くだけの能力はそうそう与えられるもんじゃない。
「私は私なりにアンタを信頼してるのよ、」
ニッと笑って言うと、受話器の向こうはあっさりと
「知ってるよ」
だから断れないんじゃない…。
今度こそ、侑子は声を上げて高らかに笑い転げた。
花粉に弱くて、洋菓子を作るのがすごく上手で、紅茶に関して右に出る者はいないぐらい。
そして意外に義理人情に厚い、そんな実力者の魔女。
まず、お目にかかれないわね。
チン、と電話を置いて、侑子はぽつりと呟いた。
「楽しみにしてるわよ、結果」
向こうでは頭を抱えつつ準備に取り掛かっているだろう。
やらなければならないことはさっさと済ませてしまう性格だから。
その光景があまりにも容易にリアルに浮かぶので、口元が緩まずにはいられなかった。
+++アトガキ+++
ヒロインさん花粉症です。
タイムリーにしてみようと思いまして。