彼女が戯れの魔女と呼ばれる以前、とある国でのお話。







































   戯れの魔女:番外篇








































 それは、ちょっと毎日に飽きてきたころだった。

「どっか面白い刺激がいっぱいのところとかないかなぁ…死なない程度に」

 ちょっとだけ物騒なことを呟いていたのだが、本人は至って冷静だった。

 どうやらそれをどこかにおわします神さまとやらは本気と受け取ったらしく、次の瞬間。

 ―――ぐいん。唐突に、首根っこを掴まれる感覚。

「――――――――ッ!!?え、えぇっ、ちょ、ちょっと待って待って待て!!」

 そうは言っても強制移動の力が止まるはずもない。

 仕方なく、咄嗟にひっつかんだかばんを必死で抱き込んで空間移動の波に揉まれていくのだった。




 、のちに戯れの魔女とあだ名される彼女は、この時点ではまだ無名の魔女であった。

 言うなれば、この時の出来事がきっかけで現在のあだ名がついたとも言えなくもない。









 数秒の気持ち悪い浮遊感のあと、今度は急激に下に引っ張られる。

 重力とかそんなもんよりもはるかに強い力。

 小柄な体躯のがそれに敵うはずもなく、為されるがままに引っ張られ落ちていく。

 ただ、口だけは立派に得体の知れないモノに向かって抗議していたが。

「ちょ、っと待って待って―――――きゃぁああ!!」

「うぉわっ!?」


 ―――ドスン。





「………………」

「……ご、ごめんなさい…………生きてる?」

「………………………」

 運悪く落ちてきた自分の下敷きになってしまった少年は、しばしあって腰をさすりながら起き上がってきた。

 何度も謝るに、痛みに顔をしかめつつも「大丈夫だって」と手をひらひらとさせたこの少年。


 ―――――――名前を、浅黄笙悟という。






「浅黄笙悟?――――なんだかとても良い響きの名前ね」

 にっこり笑ったを、どうやら目の前の少年は不信に思ったらしい。じとりと遠慮なく睨みつけてきた。

「……え、えーと……………?」

 だいぶしどろもどろになっているに、笙悟はズバリと突きつけてきた。

 ただ、その突きつけた内容がまったくもって当時のには理解不明だった。

「――――お前、巧断じゃねぇよな」

「………………??」

 ワンモアプリーズ。

 如実にそれを物語っている双眸を見て取ったのか、笙悟は呆れかえった顔をした。

「…巧断、知らねぇのか?」

「うん」


 あっさりと頷いた彼女を、笙悟は名前も知らないうちから「引きこもり」と判断した。

 それは、が突然笙悟の上に落ちてきて、笙悟が正気を取り戻してから10分後。

 阪神共和国――何処かの公園のベンチでの出来事。



「つまり―――巧断っていうのは、この国にいる人なら誰にでも憑いてるモノなのね」

「そうだな。因みにおれの巧断は特級なんだ、結構強いぜ」

「え、巧断って級があるの?」

「………。お前が此処出身じゃねえってことはよぉくわかった……」

 がっくりと脱力する笙悟の肩を揺さぶって説明を促し、一通りこの国と巧断について説明を受けた。

 それが、2時間にも渡っているとは露知らず。



 ふと辺りを見回せば、とっぷりと陽は暮れて、何処かからアオーンとワンコの遠吠え。

「やっべ!そろそろ帰らねぇとな」

 慌ててベンチから立ち上がった笙悟に、はニコニコと笑って手を振った。

「そうだね。じゃあ、どうもありがとう笙悟くん」

「おー、まあまた会うことがあったらそん時はまた何か話してやるよ」

 じゃあな、と言って去っていくお人よしの少年を見送ってから、ははたと気付く。


 ―――しまった今日の寝床確保してない…!!

 悠々と歩いていく少年の右腕を両手でガッチリと掴み、驚きのあまり声も出ず固まる彼をよそに

「君の家、部屋空いてない?」

 と真剣に訊ねるだった。









 その夜、なんとか浅黄家に泊めてもらうことに成功したは、客人用布団に包まって眠りつつ夢を見た。

『―――…………』

 無音の空間に、自分以外に確かに何かがいる。第6感が即座に脳に伝えていた。

「………誰?」

 あえてきつい口調で問うた。優しく言ってかかると、ナメられることもある。

 ややあって、何かが口を開いた。


『―――――汝がこの世界に来たのは、偶然の産物か?』

 低めではあるけれども、澄んで良く通る声。これは、ヒトのモノではない、そう直感した。

 こういうモノは、嘘いつわりを破り真実を見抜く。ない知恵を巡らせても無駄だ。

 そこまで考えての出した結論は、首を横に振ることだった。

「偶然はない、あるのは必然だけだと聞いたわ。だったら、その通りなんだと思う」

 めぐり会わされたあの友人から聞かされた一言。

 は、その言葉をいたく気に入っていた。真実とはやはり重いものだ、と実感できる言葉だから。


 しばし沈黙した後、見えぬ何かがそろりと動いた。

 暗闇に慣れたの目に映ったのは、銀色の毛並みが艶やかな獣。

 ひと目見ただけでも高位に位置するとわかるその雰囲気に、知らず知らず圧倒された。

『…ならば、このめぐり合わせも必然か』

 そうね、とは言わない。わからない、とも言わない。

 ――――目を閉じて。

 たっぷり3つ数えてから、す、と開けた。

 その行為を頷いたととったのか、獣がするりと近づいてきた。


「…………よろしくね」

 笑って、犬を撫でるような手つきでそっと頭に手を乗せる。

 気持ち良さそうにその手になついてから、銀の獣はふっと消えた。






「―――――あれが、巧断…………」

 獣が消えたと同時に目が覚めたは、寝起きのぼんやりした顔でそう呟いた。


「――――え?会った?」

「ええ、その巧断とかいうのに。夢の中で」

 此処にやってきて2日目の朝、図々しくも朝食までちゃっかり頂きながら、あっさりとは告げた。

 自分だってまだ巧断かそうでないかの区別もつかないのに、と呆気に取られている笙悟をよそに、

「この玉子焼きどうやって作ったんですか?」

 と、同じように食卓についていた笙悟母にうきうきと訊いていた。

 そのに、母は懇切丁寧にレシピを伝授しており。そしてそれを父は微笑ましそうに見守って。

 まるでこの3人が家族みてぇだ。遠い目をしつつ、少年はそう思ったらしい。



「なんで、夢の中に出てきたやつが巧断だってわかるんだ?」

 ずい、と勢い込んで訊ねると、のんきに茶をすすっていた正体不明の女ははて、と首を傾げて。

「……勘?」

 イヤ疑問に疑問系で返されても。

 思わず突っ込むと、はどこか照れくさそうに笑った。

「いやー、それが…わたしってそういう不思議なところがあるみたいなの」

 イヤ自分で自分を不思議とか。

 我ながら変な人を拾ったなぁ、としみじみした浅黄笙悟、当時まだ10代前半。





 それから数日、居候の身ながらのんきに生活していたの平和は、突然ぶち壊されることになる。

「笙悟――!!笙悟――!!?」

 おや、と見遣った。あの少年は見たことがある。度々笙悟と街中で遊んでいた少年達のうちのひとりだ。

 あいにく、今は家の者は全員配達やら何やらで出払っていていない。

「…まぁ仕方ないか」

 かばんを抱え、気付かれないように高さ1mの浅黄家の壁を乗り越える。この頃はまだ身体能力は人並みだ。

 何も知らない人を装って、壁から回ってさっき出てきた家の正面へ。

「笙悟ー!!いねぇのかよ笙悟ー!?」

「どうかしたんですか?」

 はため通りすがりのお姉さんを演じかけただったが、今にも泣きそうな少年を見て演技をやめた。

 あの気丈な笙悟の気丈な友人が、こうも崩れかけているのは只事ではない。

「何があったの?笙悟くんがどうかしたの?」

 さっと表情を変えたに多少戸惑いつつも、友人は自らが知りうる全てを話した。






「笙悟がさらわれたらしいんだ…!!」









 ――あんな子供をさらおうなんて、どれだけ腐った根性の持ち主だ。

 現在と比べると少々表現がいきすぎた感もあるが、はそんなことには構っていなかった。

 話を聞けば、笙悟をさらったのはこの地区でも過激派に属する一派。

 恐らくは彼の巧断の噂を聞きつけたのだろう、自分達のところに引っ張り込むつもりらしい。

 応じなければ、後々のために……最悪の事態はないだろう、とは思いたいが。



 此処は日本ではないのだ。日本に徹底されていたあの平和主義教育が、此処にも根付いているとは限らない。




 ふ、と目を閉じる。

 助けに行かないのかと怪訝な顔をする少年にはお構いなしで、は第6感に意識をめぐらせていた。


 ―――――――出てきなさい………主人の命令には従うものでしょう。





『…呼んだか、主』

 ざあっと一陣の風が舞った後、そこに佇んでいたのは1頭の銀の獣。

 少年は軽く目を見張った。

 ――喋れる巧断なんて見たことねぇぞ…!!

「ええ、呼んだわ。笙悟くんのところまで乗せてってくれない?」

 しばらく沈黙してから、獣は少し笑ったようだった。

 の確信的な笑みに、降参と忠誠を誓うように。











+++アトガキ+++

 そんなわけで、笙悟くん篇前編です。

 ……たぶん(あてにならない)