惹きつけてやまぬ淡い輝き。
恋焦がれてやまぬ甘い香り。
例えるなら、彼女はそういう人だ。
Caline
まだこの身がセレス国にあったころ。
城下町で、ひとりの女性に出会った。
この国には珍しい、褐色が混ざった髪の色。ゆるやかに波打ち肩にかかり、それが小柄な体格をさらに華奢に見せている。
周りと較べても頭ひとつ小さく見えるその女性は、アクセサリー屋で品定めをしているようだった。
香が漂う店内に、アンバランスに見えてとても良く溶け込んでいる。
その手に握られていたのは、金色と銀色のかんざし。繊細な装飾がしてあるそれらを、手にとって見比べていた。
けれどその時は、そんな様子はほとんどどうでも良かった。
気になったのは、突如として現れた魔力の気配。
魔術師として一応名を成せるほどの実力を保持している自分を遥かに凌ぐ魔力の器を持った気配。
よもや、かのクロウ・リードかと気後れさえおぼえかけた力の持ち主は、たいそう小柄な女性。
しかも真剣に買い物中。
「………………」
なんというかまず、呆気にとられた。
魔女といえば、自分が知るのはこの国の魔女と―――次元の魔女。
そのどちらにも当てはまらない後姿を見て、前から垣間見てみたくなった。
雑踏に紛れて近づいていくと、体格にあまり似合わない落ち着いた声色が聞こえる。
「おばさん、わたしどっちが似合うと思う?」
「そうだねぇ…あたしゃ、お嬢ちゃんの髪色には金色のほうが良く似合うと思うけど?試しに挿してごらん」
店主に促されると、それもそうだと納得したらしく、いざ試着しようとして――――
「…無理よおばさん、わたし今両手塞がってるもの。これ以上腕上げられないわ」
諦めたようにため息をつく彼女の腕を見ると、紙袋がこれでもかとぶら下がっている。
茶缶に茶缶に茶缶。たまにカップやポットが見えて、また茶缶。
どこぞのカフェの仕入れかと思うほどの量。
その状態でその細腕では確かに上がらないだろうとちょっと納得しつつ、ふと思いついた。
「良かったら、オレが挿してあげましょうかー?」
「え?」
ぱっと振り向いた目的の人物は、髪色と良く似た双眸の持ち主。
その表情は明るいが、はっきり言うと奥が深すぎて――心理が読める気がしない。
紛れもなく魔術を知る者だと結論付けて、にこ、と笑って頷いた。
「さっきから悩んでるみたいだったからー」
「…………見てたんですか?恥ずかしい……」
ぷしゅう、と音が聞こえてきそうなほど赤くなってから、小さな声で
「…じゃあ、お願いしてもいいですか………」
と聞こえてきたので、諾、と再び頷いて金色のかんざしを手に取った。
「毎度ありー!お嬢ちゃん、良く似合ってるよ!」
「本当?ありがとう!」
結局金色のかんざしを髪に挿したままお買い上げになった変わり者魔術師(勝手に命名)は、こちらを見上げてふわりと笑んだ。
その笑みは、魔術師や魔女にありがちな何かを企む笑みではなく、純粋な感謝の気持ちの表れ。
はっきり言って向けられるこっちが照れるほど、柔らかな笑顔だった。
「ありがとうございました!こんなに丁寧に挿して下さったから、このまま挿して帰りますね」
「丁寧って…くるくる捻って、さくっと挿しただけだよー」
謙虚になっているのでも何でもなく、ただ事実後ろ髪を捻って挿しただけだ。
それでも彼女はそのヘアスタイルがずいぶんお気に召したらしく、「似合いますか?」と言ってくるりと向きを変えた。
こちらを見る目は当然上目遣い、ヘアスタイルが見やすいようにと小首を傾げたその姿勢。白く細い首筋にかかる、繊細な髪。
少女にはない艶と色が仄かに混じって、どこかしら優美にも感じる。
かんざしを買ったときの表情はまったくもって幼いと思ったのに、どうもそれは勘違いだったらしい。
まぁ、ぶっちゃけて年齢不詳だ。
年齢不詳の変わり者魔術師。
それがここまでの、名前も知らない彼女への印象だった。
それも決して間違いではなかったが、けれどそれだけでは足りなかった。
少し歩いて噴水のある広場まで来ると、どことなくはしゃいでいた空気がすっと影を潜めた。
「…………わたしに何か訊きたいことがあるんでしょう?」
「………………………」
「それとも忠告、あるいは警告?もうこの国に来るなって言いたいのかしら」
―――――――いつ。
そんな素振りは見せなかったはず。仮にも魔術師、人の心理を読むことには長けている。
読むことに長ける者はその逆も然り。読まれないように気を遣ってはきたはずなのに。
知らず、険しい顔つきになる。
「……いつから気付いたんですか、あなたを怪しんでいると」
それなりに考えて出した質問は、あっさりと切って返された。
「最初から」
「………………え?」
最初から?
「思い切り警戒心むき出しの気配が自分に向かってたら、普通こちらも気にするでしょう?」
「むき出し………って、オレが…」
「あなた以外に誰がいるんですか」
打てば響くより早く返される。
そこまで即答されてしまうと、かえってこちらから何も言うことがなくなる。
「わたしの魔力に気付いたんでしょう?だから警戒した。よもや敵じゃあるまいかって」
「じゃあ、違うんですね?」
「当たり前でしょう。どこに両手が塞がるほど買い物をする敵がいるんですか」
…………。…いやー、いるかもしれない。
「いたら是非お目にかかってみたいものです」
「…いないでしょうねー」
いくらなんでも考えすぎた。
しかしこの、意外なほどさっぱりとした物言い。
頭の回転が速い。ずいぶん聡い人物のようだが、……やはり自分は聞き覚えがない。
悶々としていると、唐突に質問が投げられた。
「あなたはわたしを知らないんですね?」
「………えーと」
知らないからこうやって警戒してたんですが。とは言うのも億劫になった。
彼女にとっても確認のようなものだったらしく、ひとりで「知らないんですね」と結論づけてしまった。
イヤ実際知らないけど。
「そうですか…わたしの名前もここまではまだ届いていないみたいね」
「どんな名前ですか?」
訊くと、彼女は露骨に嫌だという顔をした。
「笑顔で嫌味を吐く実力だけは折り紙どころか熨斗までつくような眼鏡の魔術師が勝手につけたあだ名です」
わたしは一度だって許可したおぼえはないのに。
そこまで一息に言い切って、思い切り息を吸って少々咽ていた。
これだけの魔力がある人がそこまで言い切るほどの魔術師で眼鏡をかけていると言えば。
「――――――クロウ・リード………?」
「その名前を出さないで。好きな名前じゃないんです」
滅茶苦茶毛嫌いしているらしい。
でも。
「そんな人と知り合いってことは、結構すごい人ですよねー、あなた」
「。と呼んで下さい。それがわたしの名前」
「本名ですかー?」
その問いかけには、彼女はふふ、と笑うだけだった。
「すごい人ですよねの質問に答えるとすれば、知り合いの幅は広いのよ」
「例えば?」
「次元の魔女―――壱原侑子とか、ね」
「あの魔女と……!?」
「知り合いの幅だけは自信があるから、わたし」
そう言って笑うものの、それはつまり彼女の実力も折り紙つきってことではないのだろうかと考えた。
けれど、彼女のような人は聞いたことがない。
「知らないままでいいのよ」
彼女はそう言った。
「今まで知らなかったということは、知る必要がなかったということ」
「知らなくても良いことを知る必要はないわ」
彼女はそう言って、ふい、と遠くを見つめた。
かんざしを飾る、不揃いな大きさの丸い宝玉が陽に照らされてきらりと光る。
それを買ったアクセサリー屋で炊かれていた香が、彼女全体をふわりと覆って匂っていた。
薄紫の淡い輝きを放つ宝玉と、甘くどこか神秘的な香り。
陽が落ちるまでに帰るのだというと広場の前で別れる間際、ふと彼女がこちらを見た。
「あなたの名前。まだ訊いてなかったわ」
「……ファイ。長いから、ファイって呼んで」
その小さな唇が、自分の名前を呼ぶ。
「ファイ。ファイね、おぼえた」
ふわりと、初めて見たあの柔らかい笑顔で。
…………夕焼けが眩しい。
突然そんなことを思い出したのは何故だろう。
この国の夕焼けが、あのときと似ているから?
それとも、さっき通った店から香が匂ってきたから?……全然似てない香りだったけど。
不思議なメンバーと旅をするようになった今でも、彼女をたまに思い出す。
どこの世界も、夕陽は同じぐらい紅く眩しい。
それだけで、どこの世界にいるともわからない彼女が同じ世界にいると思ってしまう。
「似合いますか?」
そう訊いてきたとき、揺れた薄紫。
「知らなくても良いことを知る必要はないわ」
そう言って遥か先を見た横顔を包み込む香り。
惹きつけてやまれぬもの。
出来るならもう一度、その唇からこの名前を。
「……………戯れの魔女、…かぁ」
その名前はあなたにピッタリだよ。
きっと他の世界にも、オレと同じように惹かれて惑わされて振り回されてる奴がいるんだろうなぁ。
+++アトガキ+++
そんなわけで、初!ファイで書いてみました。
どんどんヒロインさんが小悪魔になってる……!!(震)
ちょっとずつそういう感じを出していこうと思ってたんですけど…急に出てきちゃったよ!!(慌)
ヒロインさんは、年下にはちょっと姐御肌なところを見せてみたりするんですが、
ファイみたいな年上(ん?)には比較的やんわりした敬語使いなんです。
因みに、タイトルのCalineっていうのは香水の名前です。ある紹介文に「誘惑の花」って書いてあったので(笑)