軽やかになびかせた黒髪。

 深緑を帯びた、日本人には珍しい瞳。





 たおやかな笑みの裏に隠された牙は、思ったよりも大きいのだ。













































    中立の立場









































「関西は京都が本家、より参りました。名を。どうぞよしなにお願いします」

 ところ改まって、墨村家。

 新参した術師は、きちんとたたずまいを直して正座したのち、深々と頭を下げた。

 目の前に座す繁守は、厳かな雰囲気を漂わせてかたく頷いた。

「もうそんな時期なんじゃな。…そうか……」

 ひとり納得している繁守だが、障子の向こうで聞き耳を立てている良守には何のことだかわからない。

 斑尾は何やら事情を知るようすだったが、『そのうちわかるよ』と言って小屋にこもってしまった。

 頭にクエスチョンマークを飛ばしている良守をよそに、話は淡々と進んでいく。

「はい。今回は適切な者が本家におりませんでしたので、分家のわたしが派遣されることとなりました」

 軽やかさは一切見られない。

 見た目不相応な硬い口調は、聞くこちらが背筋を伸ばしてしまいそうな厳かさをもっていた。


「……通例はひとりにひとり着くはずだが」

 ややあって聞こえてきた声に、打てば響くように凛とした声が返る。

「そうしたいところだったのですが………なにぶん今のこの情勢、あまり人を割けぬものでして」

 特に本家のほうでは、と言葉をやや濁す言い方がひっかかった。

 情勢。何のことだろうか。

 …おそらく、後々烏森にも響いてくるだろう。

 関西で何か良からぬことが起きているなら、いずれはここにも手が伸びる。




 いずれは烏森を封印するとまで考える墨村家次期当主(予定)、長考に入ってまったく気配に気づかなかった。




「……………盗み聞きとは性質が悪いよ、良守殿」

 ぐるんと首を捻るとそこには口元だけ笑った新参術師。これは笑っているという部類に入らない。

 そして向こうには怒りに拳を震わせるジジイ。こっちは完璧に怒っている。殴る気満々だ。


 そして数秒後、良守の絶叫となかなか小気味良い拳骨の音が墨村家に響く。















 翌日。朝、すずめが爽やかに鳴く時間帯。

 同じような厳かな光景が、雪村家でも見られた。

「…墨村に先に挨拶へ行かれたのはなぜでしょう」

 というどうでもいい質問に、は至極真面目に答えた。

「あいうえお順だと思っていただければ結構です」

 そこで「そうですか」と納得してしまう雪村家当主、時子もいかがなものだろうと感じた次期当主(予定)時音。

 ちなみにこちらも聞き耳万全体制である。ただし、こちらは学校へ行く前に通りかかってうっかり聞こえてしまったのだが。

「…………墨村でも申し上げましたが、わたしはどちらもひとりで担当致します」

「わかっております。…人員が、割けぬのですね」

 重い祖母の声に、思わず息を呑んだ。

 そして向かい合う心地良いアルトの声が、昨夜対峙したばかりの少女術師のものであることに気づき、さらに聞き耳を立てる。

 ――――突如として現れた、関西に本家を持つという術師。

 聞いたことのない家柄に、底の知れない深緑の双眸。

 一体何者なのか。直接本人に訊こうかとも思っていたのだが、ここで聞けるならば好都合だ。

 凛、と声が鳴った。


「わたしがこちらへ赴くことにすら、渋い顔をしましたからね」

「そこまで大きな問題なのですか」

「そのようです。…分家のわたしを引き留めるくせに、本家は何も告げないので何もわかりませんけれど」

「………術師の家とは得てしてそのようなものです。あまり多くを語ることを好まない」

「ですね。わたしもそこは心得ています」

 聞けば少女は17だという。

 この声と口調のどこに、二十歳に届かぬ者の印象が残っているのだろうかと思わせる。

 それほど、彼女は年齢不相応だった。いっそ今からでもいいから25歳とか言ってくれまいか。


「…それでは、また何かありましたら式神を飛ばして下さい。失礼します」

 ゆっくりと立ち上がる気配に、時音は慌ててダイニングへ足を運んだ。

 静かに歩いてくる少女をちらりと見やる。いくらひとつ年上とはいえ、やはり高校生の風貌には見えなかった。

 落ち着いた色合いの着物を着ている姿はどこぞの旅館の若女将のように堂に入っている。

 ふと視線を感じたらしいが、つい、と視線を向けてくる。



 底の見えないくせに澄んだ双眸に、呑まれるかと思った。





「……偶然とはいえ、立ち聞きはよくないよ。良守殿よりはまだマシだと言っておこうかな」


 ―――バレてる。

 くすりと笑んで玄関を出たに向かって時音がばつの悪い顔をしたのは、言うまでもない。

















 その夕方。

「………良守、あんたあの女のこと何か知ってる?あんた立ち聞きしたんでしょ」

 盛大なたんこぶが後頭部に出来上がっているのはこの際無視を決めこんで、時音は良守に思い切って訊ねた。

 あの女呼ばわりのあたり、未だ信用ならないらしい。

 まだ痛むと顔をしかめる良守は、横に首を振った。

「ジジイにも訊いたけど、何も教えてくれなかった。とにかく、一緒に仕事しろってだけ」

「あんたもか…あたしもよ。おばあちゃん、それっきり何も言わなかった」

 収穫なしかとため息をついたそのとき、ピンと気配が張った。


「来やがった」

「1、2、………4匹か。そんなに大きくもないけど小さくもないね」

 呟いてからとん、と地面を蹴って、学校へ向かった。


『………たぶんもう終わってんじゃないか』

 と、白尾がぼそりと呟いたのは聞こえなかった。








 果たして結果は白尾の言った通りになった。

 昨夜と同じように、少々倒れたり折れ曲がった木々、ちょっと削れたコンクリート、抉れた地面。

 そして風に舞う灰。


「…………なに、…これ」

「…なにって、言われても…………わかるかよ。俺だってついさっき来たばっかなんだぞ」

「そりゃ、そうなんだけど………」



 昨夜と、同じように。




「まさか……………!!」

 時音の愕然とした声のすぐ後。

 上から声が響いた。


 昨夜と同じように。








「そのまさか。遅いよ、時期当主」




 がばっと上を見上げると、そこには再びあの白黒の着物をまとった

 背中まで伸びた髪を相変わらず風に任せ、今度は校舎の出っ張りに佇んでいた。


 冷え冷えした双眸に、体が動かなくなる。








「わたしは天穴を持ってないから、もっと早く来てくれないと後始末が面倒で困るんだよ」

 すとんと降り立ったに、軽やかな空気や穏やかな笑みはまったく見られない。

 むしろ非情なほどの冷たい視線。

 上から見下ろす口調。

 すべてに触発されて怒りがこみあげるふたりに、とどめの一言が刺される。




「これで烏森を守る結界術師の当主になると?無理だ、笑わせるな」





「っざけんなてめぇ……!!」

「良守!」

 時音が諌めるが、遅かった。地に足をつけた状態のに食って掛かる。

「無理だぁ?てめえに言われることじゃねぇよ!!俺らの何を知ってんだ、一体!」

 首がしまって苦しいはずなのだが、それをおくびにも出さず冷笑を浮かべる。

「そうやってすぐにカッとなる。そんなことでこの地を守れると本気で思ってるの、良守殿?」

「………………!!」

 良守が乱暴にを突き飛ばす。

 はよろけたものの、持ち直してまたふたりを見据える。



 ただ、そこにはさきほどまでの冷たさはなかった。








「…あんた、何者なの?」

 険しい目で己を見てくる時音にふと穏やかに目元を緩めると、ゆるりと首を振った。


「……わたしは何者でもない。烏森の地を定期的に調査する任務を負った、ただのしがない術師だよ」

「それだけじゃないはずよ。だったら妖なんて野放しにしておくはずだわ」

「鋭いなぁ。でもこっちはどっちかっていうとわたしの個人的な事情なんだけど」

「どういう事情だって構わないわよ」

 切り返しの速さに、時音の苛立ちを垣間見る。






「わたしはね、君たちの成長を手助けしたいんだよ」

 怪訝な顔をしたふたりに、「そんな顔されても仕方ないけどさ」と苦笑をこぼす。


 妖を退治してしまうのは、もっともっと早く来てほしいから。

 冷たいことを言うのは、事実を正しく見つめてほしいから。

「わたしの家は流の分家なんだけどね、でも君たちよりは経験も力も上だと自負してる」

 だから。




「君たちに、その経験を叩き込みたいんだよ」


 君たちを監視する立場に、任命されたんだよ。










+++アトガキ+++

 ヒロインさんこんなひとです(わかんねぇよ)

 彼女が烏森に来た目的は最後の1行に凝縮。

 わけわかんないとこもまたおいおい解決していこうと思ってるので、ぼちぼち付き合って下さい…。