小さな妖3体を綺麗に片付けてから、はた、と思い当たった。

「……天穴ないんだった」

 この力が満ち満ちた土地において、決して再生がきかないまでに砕くのは至難の業だ。

 再生を妨げるスピードと、必ず再生の核を叩く確実性が求められる。

 この地に来て早くも2回ほどやってはみたが、いかに小物相手といえどそうそう上手くいくものでもない。

「あー………時音ちゃんさっさと片して来てくれたりしないかな…」

 時音を暗界に放り込んだのは自分だと、わかっているのかいないのかわからないだった。
































    中立の立場
































 その頃。

「だりゃぁぁあああ!!」

 ふわー。

「おりゃあぁああ!!」

 すいー。

 ゼエハア(息切れ)


「ダメだ……全っ然捕まんねぇ……!!」

 格闘すること30分、良守は1匹も捕まえられていなかった。

 五感を完全に封じられたわけじゃない。

 視界はきかないが、耳を塞がれたわけでも、皮膚感覚を封じられたわけでもない。

 いわゆる第六感もきくというのに(むしろこれは封じようがない)

 ここまでなると、嫌でも気付かされた。



 ――――今まで、ひとつの感覚に頼りすぎていた。






「くっそ………」

 さっき、この結界そのものを切ってやろうともしたがことごとく無効化された。

 おそらく、さっきの強化符がこちらにも貼られているのだろう。しかしなんて強力な御札だ。

 立っているのも疲れて、その場に座り込む。

 これでは埒があかない。いちばん頼っていた視覚がきかないなら、まずは考えなければならないのだ。

 もう一度、目を閉じる。

 時折、途切れ途切れに羽音が聞こえる。ということは、この高い高い結界を上下に行ったり来たりしているのか。

 頭は常に気配を捉えてはいるが、大まかな位置しかわからない。

 ていうかぶっちゃけこの結界ごと外から囲んでしまえばいいんじゃないだろうか。


「……………ってそれが出来れば結界破れるっての」

 やっぱり見えなければ何もできないのか。

 はぁ、とため息をついて、策を考えながらも頭のなかにちらついた。




「…大丈夫かな、時音」















 足を固定すればいいことはわかる。

 図体が大きいから、大まかな位置しかつかめなくても結界は張れる。

 しかし。

「結…あ!もー……」

 なんといってもすばしっこかった。

 良守ならこの結界の内部ギリギリの大きさでもうひとつ結界を張ることも可能だろう。

 けれど、自分にはそんな力はない。だから一部を捕まえることしか解決方法はないのだ。

 まずはこの速さを封じないことには始まらない。

 目で追えるなら大した苦労でもないが、今はその目が見えない状態なのだ。これもまた意味がない。


 落ち着け。―――自分で言い聞かせて、すっと目を閉じる。

 この結界は破れない。二体の妖も、おそらくここから出ることはない。

 つまり……動きはそれなりに制限されているのだ。

 この二体、式神だけあって、力がそれなりに強い。

 それは時音にとっても大きなアドバンテージになる。

 仕留めなければならないわけでは、ない。動きを一時的にでも止めさえできたら、

「自動的に結界は解ける。そういう仕組みにしてあるから、大丈夫だよ」

 ただし、二匹とも止めなきゃ解けないけどね。

 はそう言った。



 …………ほんとにあの術師、何者なんだろう。

 片隅で、時音は考えていた。

 今まで対峙したことは数えるほどしかない。まして、彼女の前で力を使ったことなどほとんどないというのに。

(この結界の仕組み……今のあたしにちょうど合うぐらいのレベルに設定されてるんじゃないの)

 いつ実力をはかられたのか、見当もつかない。

 もしかしたらいなかった数日間、彼女はそれが目的でどこかから観察していたのかもしれない。

 自分と、良守を。





 とりあえず。

「……聞きたいことがあるのよ」

 聞こうと思ったら、出るしかないのだ。

 日頃の正確さがものを言うとき。

 より一層近づいてきたとき、妖の気配を感じ取って頭の奥がぴん、と張る。


 ――――狙うなら、その一瞬。



































 灰になるまで燃やして、風に散らせてやっとこさ退治し終えたころ。

 ぴくん、と背を伝う気配があった。

 ――これは。

 の口端が、自然と吊りあがる。


「さっすが時音ちゃん……集中力が並大抵じゃないね」


 笑う少女の額は、それでもしっかりと汗をかいていた。










 しゅう、と解けた結界の外に見える夜の景色が、あまりにも眩しくて思わず目を細めた。

 ……こんなに、明るかったっけ。

 さっきまで何も見えない世界にいたせいで、いつもよりも感覚が鋭い。




 だから、今まで気付かなかった気配にも、今ならすぐに振り向ける。



 険しいわけではない、それでも厳しい表情で、振り返った先にいたのは。


「――――……さん」

「いいよで」

 肩をすくめて言う彼女には、冷えた印象がない。

 人にはいくつもの顔があるのだと、を見ているとそう思う。


 さっきまであんなに怒っていたのに、今のを前にするとなぜか毒気が抜かれてしまう。


 どこか、似たような雰囲気をもつひとを、知っているから。



「お疲れさまでした。ウチの子たちはどうだった?」

「…正直、やりにくかったわ」

「でしょうね。でも、ウチの子たちも舌を巻くぐらい最後は集中力が上がってた。今でも、鋭いでしょう」

 だからわたしにも気付いた。

 ね?そう言われ、頷いてから、やはり、と頭の中で考える。











 ――――――正守さんに、似てる。

 









 いつそう思ったのか、どこがそう思わせるのかは、いまいちわからないが。

 気配の消し方、ほんの短期間で相手の実力をギリギリまではかるその読み能力、相対したときの眼光の鋭さ。

 そして、任務が一段落ついたあとで見せる、朗らかともいえる雰囲気を醸し出すその体躯。

 似ても似つかないはずの少女なのに。


 端々から、なぜか墨村の兄を連想させる。


 もしかしてと、ほんの少しだけの可能性にかけた。

 つながっていなくても、別に気にしない程度のわずかな糸。





「……墨村正守というひとを?」




 すこしの逡巡の後、目の前に悠然と佇む少女はそっと眼差しを伏せた。


「知ってるよ。ここに来る前に、何度か任務を頼まれたことがある」

「え、じゃあ」

「わたしも一応がつくけど夜行の一員でね。とはいえ、別にはぐれ者じゃないから頼まれなきゃ任務行かないけど」

「そうなんだ……それで経験が豊富だって」

「いや、まあね……………うん……」

 まあねと言ってからの間が気になった時音だが、そこはつっこまずにおいておいた。



 実際、は夜行の一員でもある。


 組織されてまだ間もない頃。

 人手不足と純粋な術師の家系の生まれゆえの高い能力も手伝って、正守と任務に就いたことも何度かあった。

 ぶっちゃけ、ここ数年の付き合いではのほうが兄弟である良守よりも長い間いるともいえるかもしれない。

 はみ出し者のさらにはぐれ者を集めたような集団だが、それでもにとっては大切な、居心地のよい存在だ。



 それでも、は正守が気に食わないいくつかの理由と面倒くささから今まで言わなかった。


 正守が自分に任せる任務は、同じ年頃の者よりもずっと重たい。

 なんか路地裏一帯に棲みついた妖を一斉清掃するような仕事だったり。

 密集した住宅街で体積も体重もおのれの軽く2乗ありそうな妖を仕留めなければならない任務だったり。

 なんかもう、たまに(っていうかよく)こいつドSなんじゃないかと思ったものだ。

 そんな神経も体力も磨り減るような仕事をこなしてきたお陰で、の能力はより鋭さを増した。

 視覚だけに頼らない、均整のとれた感覚を養う鍛錬の場にもなった。


 そんな点では、感謝もしてはいるが。概して食えない奴は苦手だ、というのがの結論である。



 ちなみに、相手の実力をはかる洞察力を養ったのも、夜行の仕事においてだ。

 基礎は両親や兄から教わったが、それとて身内では実戦に使えない。

 夜行で培ったその観察眼でもって、良守や時音の行動の端々から、この日まで数日、気を詰めて見ていたのだ。

 時音の読みはずばり当たっていたわけである。











「さて、と」

 見上げた視線の先には、黒いタワーがひとつ。

「もうそろそろ時間だね」

 ふ、と笑って結界を張るときの構えを。

 良守のいるその結界は、今はただの黒い箱。マジックミラーの機能は働いていない。

 もうじき、暗界はただの結界になる。

 式神を4体も生んで、雑魚とはいえ天穴無しで葬って、なおかつ未成年には厳しい暗界を小一時間張り続けているのだ。


 しっかり地に足を着けて立っているのか、実は自分で判断がついていない。

 疲労が溜まって、ふわりとした心地に包まれる。

 今残っている渾身の力を込めて、一線、横に引いた。

 暗界に亀裂が入るのを見届けてから、ピィ、と短く口笛を吹き、の世界は揺れた。








 まだ妖を捕まえてもいないのに、いきなり明るくなった周り。景色が見え、結界が解けたことを知る。

 ぱちぱちと瞬きしていると、どさりと何かが倒れる音がした。

 目をやると、白と黒のコントラストが横たわっていた。その傍には呆然とした時音。

 ああ、あいつ自力で出られたんだ、なんて思っていると、我に返ったらしく時音が焦った顔で少女に駆け寄った。


さん!?どうしたんですか!!」



 何の前触れもなくいきなり倒れた少女は、全身にびっしょりと汗をかいていた。

 考えてみれば力を使い切ってしまった状態なので当たり前なのだが、ついさっきまで平然として見えただけに驚きが隠せない。

さん、しっかりして下さいさん!」

 どうしよう、式神を飛ばして迎えに来てもらったほうがいいのかと考えていたところに、




『心配は要らん』



 やたら響く厳かな声がして、目の前に真っ白の毛並みをした大柄な狼のような獣が現れた。

「…式神?」

 一体いくつの式神を従えているのかと疑問に思っていると、獣はゆるりと首を横に振った。

『式神はコイツの力無しには出て来られん。私はコイツの守護獣だ』

 そう言うと、『すまんが背に乗せてくれんか。恐らくはもう立てん』と時音に頼んでを自らの背に乗せ、

『外傷はない、心配するな。力を完璧に使い切っただけだ、寝たら回復する』

 と、それだけ告げてあっという間に屋上に乗り、飛び去ってしまった。









「…何なんだ、あの女?」

 未だに状況が良く飲み込めていない良守がもう何度目かわからない台詞を呟くと、斑尾がそれに答えた。

『あの子、今のあんたと同じぐらいの器で、雪村の娘よりよく回る頭を持ってるよ』

「は?」

『つまりはあんたじゃ敵わないってことさ。さすがはたったひとりで乗り込んできただけある』

「………………」

 黙った良守を横目に、フンと鼻を鳴らして斑尾は続けた。

『天穴持ってないからって、くないと術だけで再生がきかないほど妖を粉砕してたし、暗界は使うし、力の使い過ぎだろうね』

「そういや持ってないっつってたな…つーか、暗界って何なんだ?あの真っ暗な結界。それにあの札…」

『ありゃ相当力を使う結界だよ。少なくとも10代の娘が使うもんじゃないね……ま、これ以上はあの娘に聞きな』

「………んだよそれ…わっけわかんねぇぞ」

「だから、明日聞きましょ。あたしも疲れたし、あんただって疲れてるはずよ」

「…俺はまだ疲れてねぇよ」

 短い沈黙が図星のしるしだ。

「帰るよ。聞きたい本人がいなきゃ何もわからない」

 踵を返して歩き出した時音の表情に、もう険は含まれていなかった。

 正直まだ油断ならない人物ではあるが、彼女の行動はすべて自分達を思ってのこと。

 ちょっとしたデジャヴの理由もわかったし、に敵意はないこともあの表情から見て取れた。

 何より、自分達の前でぷつりと糸が切れたように意識を手放したことが敵でない明確な証拠だ。

 まだ何も知らない良守には帰り道すがら話せばいい。

 思ったより疲れている身体を休めるために、時音は帰る足を速めた。









+++アトガキ+++

 ヒーすいません何かもう久しぶりすぎて…!!(汗)

 すごくすごく難産でしたとだけ言っておこう(笑)

 とりあえず、この回でこれまでに出てきたヒロインちゃんの行動の理由を書いておきたかったんです。

 あとは彼女の能力のキャパ。さすがに無限ってわけにもいかないので。