近頃、彼は動きすぎだと思う。 素直にそうぶっちゃけると、彼は「そうでもないさ」とかわした。 あの日を境にして、忠犬は牙を剥いた狼へと変貌を遂げた。 それ以来、彼はおのれの興味をひかないものには一切感情を示さない。 心底どうでもいいことに分類されているようだ。 「村神、あんまり根詰めると対決の前に喰われるよ」 無駄だと分かっていながらも忠告せずにはいられない。 この少年は今、しっかりと2本足で立っていられるほどの力はないはずなのだ。 それを支えているのは、箍が外れ、堰を切ってしまった溢れんばかりの精神の力。 自分でも分かっているだろうに、彼は止まることをしない。 「用心はしとくに越したことはねぇだろ。やることやったら、喰われたっていいさ」 とりつくしまのない物言いに、思わず大きなため息が出た。 自分の命を大切にしようとしない。 以前の村神では有り得なかった言葉に、少女はおのれの無力さを呪った。 「……遺される者の気持ちは、どうだって良いんだね」 すがるような声にも、前を向いたまま、狼と化した少年はにべもなくこたえた。 「ああ」 誰もいなくなった部室の隅っこ、机に突っ伏して、少女はただ独りで泣いていた。 声もなく、涙を流すこともせず、ただ心は痛いほど締め付けられる。 彼のあの状態は、わたしが導いたようなものなのかもしれない。後悔の波が押し寄せる。 もしも出来ることなら。 あの日引っくり返してしまった時計を、もう一度。 そんなことをしても、一旦逆さにされてしまった時計はもう戻らないことぐらい、 「…わかってるよ………」 くぐもった声は、暗い部屋に重く落ちた。 +++++++ Missing:喪失する±14の御題より、03:逆さ時計