ぎゅ。

「……空目?」

ぎゅうっ。

「…あのな………」

「気にするな」

「…………」

思わず頭を抱えた。

なんだ。なんでこんなことになってんだ。

えー、最初から記憶を巻き戻してみようじゃねぇか。



週に何度かのおさんどん。

いつものように家事をちゃっちゃと終わらせてリビングを見回すと、ソファは空。

「…また部屋か」

最近の空目は、食事後は部屋で本を読み耽っていることが多い。

何やらまた新しく本を数冊入手したらしく、それらの読破にかかっている。

こういうときの空目は、ほっとくと寝ずに読み続けることを村神は知っていた。

そんなとき、どうしたら空目の機嫌を損ねず本を止めさせられるかも。

「空目、入るぞ」

階段を静かに上り、突き当りの角部屋。

挽きたて、濃厚な香り漂う珈琲と控えめなノックと一緒に、するりと部屋に入る。

この香りには空目も自ら本を置き、珈琲に寄ってくる。不思議で仕方ないが。

「要るか?」

「ああ、もらう」

こぽぽと音を立てて注ぎ、そっと空目のてのひらへ置いてやる。

慎重に冷ましながら、ゆっくりと口へ運ぶ姿が、

(…あーもう超可愛いなこいつ……)

そんなことはもちろん言えないが。

しばらくすると、2杯目を頼んでくるのもいつものことだ。

だから、こっちへ寄ってきたのもそのためだと思って何も思わなかったのに。

冒頭の行為へ至る。


(…えーと、今はいつもの空目の読書タイムのはずで、俺はただ珈琲持ってきただけで)

ああ駄目だ。頭回んねぇ。くそ、なんなんだ今日はどうしたんだよ!

ちょっとだけ抱きしめ返してみる。

……さらに強く抱きつかれた。ていうかしがみつかれた。右腕に。

(なんだ!何なんだ!?どうせ抱きついてくれんならしっかり…ってそうじゃなくて!)


どうしようもないので、抱きつかれたぶん、さらに強く引き寄せた。

……しょーがねぇ。

お前が一見意味不明な行為に走ることなんて日常茶飯事なんだから、凡人の俺が考えたって。

だから、今はいきなり舞い降りてきたこのささやかな幸せを存分に味わわせてもらうよ。

とりあえず、お前をすぐにどこかへ連れて飛んでいってしまいそうなその羽根を



今はまだ、捕まえていたいから。



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Missing:喪失する御題±14より、14:その羽根を見せて