そんなものはただの幻想。 私にはそんなものよりもっともっと大切なことがあるの。 単色の夢 「うーん、今日も良い天気だねぇ」 日当たりの良い平日の午後、彼女は授業中にもかかわらず中庭に座り込んでいた。 ”魔女”、十叶 詠子。 彼女のために設えられたかのようである”座”に落ち着いてから、彼女はずっと空を見上げている。 無邪気な笑みを浮かべて、いつから其処にいるのかもわからないほど長い間、飽きる様子もなくただ空を見つめている。 時折ひとり言をもらす彼女に訝しげな目を向ける生徒も休み時間に見られたが、彼女は至って平然と、のんびりとしている。 「…………十叶先輩、いつまでああしてるつもりなのかなぁ………?」 放課後になり亜紀の元を訪れた稜子が、窓の外を見てぽつりともらした。 別に誰かにその呟きを拾って貰おうと思って言ったわけではなかったのだが、亜紀が本を読みながら答えた。 「さぁね。あの人は”魔女”なんだから、私ら常人には理解出来ないことを普通にしでかす人なんだろうよ」 「そ、れはそうかも知れないけど…」 ―――――――でも、先輩と関わった私たちだってもう常人じゃない存在なのかも知れないよ。 そう言いかけた稜子だったが、言ってしまえば本当にそんな存在になってしまうのではないかと思って口を噤んだ。 空目があやめを連れてやってきた。 片方しか見えないが、その瞳はいつも曇ることなく真実を知りたがる、貪欲な焔がちらついている。 「よ、恭の字。どうかしたかい?」 亜紀が本に栞を挟んで閉じ、顔を上げて空目に挨拶する。どうやらもう本を読む気はないらしい。 「……”魔女”は鏡の中に何を視ているのだろうな」 「え?」 唐突な彼の問いに、亜紀と稜子はぽかんとしている。 「彼女は中庭の池を鏡にして、一体何を視ているのだろうな」 「…………………」 空目は再び、ただの呟きにも似た問いを吐き出した。彼の視線の先には中庭。 池は鏡。覗くのは魔女。鏡に問うは………………。 詠子は、空目たちがこちらを窺っているのに気付いてくすくすと忍び笑いを漏らした。 「…ふふ、そんなに気になるのかぁ、彼。悪いことだとは言わないけれどね………貪欲に求めてくるのは彼の面白いところだし」 でも、と、心の中で続ける。 ―――――私は何も、教えてあげられないよ。 「………自分で全部を探し出してみて。人間界の魔王様なら、それぐらいのハンデ当たり前でしょう?」 これはゲームだと彼女は言う。暗闇の中で行われるゲーム。 闇の中は危険に満ち溢れている。牙を剥き出しにして、剣は鋭く光らせて、盾は常に構えて、心に波紋を作らずに。 冷静でいられなければ、確実に負ける。 より冷静で、かつ残酷で、愉しんでいる。世間の目から見れば『狂っている』者が、闇の中では『強い者』になる。 資格はある。君は、ゲームに参加する貴重なチケットを既に手中に収めつつあるはず。 「………あと少し。楽しみだね…………………」 これから十数日後、十叶詠子は姿を消すことになる。 彼女は”魔女”、十叶詠子。無邪気で残酷な笑みを浮かべている、夢を持たない少女。 穏やかに笑う彼女の”座”の前に湛えられた池は、彼女に何を映していたのだろうか。 闘いまであと少し 夢を、見ていてください 闘う前の一瞬の それはとてもとても儚いものだけれど 絶望に倒れるまで ずっと憶えていて 目の前が白黒になって 真っ黒になって 色のなくなったそれを双眸の奥に見つけたとき すべてを 終わらせてしまいましょう そんな幻想は棄ててしまえばいいの それが出来ないなら、 私が、全部を壊して塗り替えて見せてあげる。 アナタの夢。 単色の、儚くて綺麗で脆い幻想。