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 誰かが謡ってる。伴奏のないrequiemを。

 

 

 

 

 

              鎮魂歌を聞かせて

 

 

 

 

 

 

 

 

 梅雨の時期には珍しい、からりとした快晴の日。

 放課後部室に集まった2年生文芸部員5名は、まとわりつかない風を堪能しつつ読書に耽っていた。

 最近は気が滅入る物事が多すぎたせいか、何事もないこんな時間がとても大切に感じられるらしい。

 

 ――――ふと、風と共に誰かの声が聞こえた。

 

「あ…………」

 稜子が顔を上げた。

読み始めてから周りの音を遮断しているかのように本に没頭していたのだが、幽かにしか届いてこないそれが、何故だかとても耳についたのだ。

「…どうかした、稜子?」

 亜紀が、隣の気配にふと顔を上げる。

 それに、稜子は曖昧に笑って「何でもないの」と返した。

しかしその表情は何でもないようには見えず、亜紀は再度促した。

「………稜子?」

 こちらを窺ってくる亜紀に、稜子は苦笑して話し出した。

「……呆れない?」

「話聞かないとそれは何とも言えないよ」

 即答され、それもそうだと思う。

「……歌…」

「歌?」

「うん。確か、合唱部の子が言ってたの……今度練習する曲、レクイエムなんだって」

 レクイエム。

日本語ならば鎮魂歌と訳されるその曲に、顧問が英詩を付けて練習曲に仕立てたのだという。

なかなか熱心な英語教師らしいと聞いたことがある。

「それが聴こえてきたから、ああ、これがって思ったの」

 言われて、亜紀も耳を傾けた。いつでも読書に戻れるように、亜紀の読んでいた本はページが開けられたままだ。

 

 その声は、凛として紡がれるあやめの詩と似ていた。

「…………何言ってるのか、全然わからないけど……」

「…けど…?」

「わたしの心には、形にならない想いになって伝わってくるような気がするんだ」

 そう言って、えへへ、と照れくさそうに笑う稜子を見て、亜紀は微かに笑い返してから再び歌のほうへ意識を傾けた。

 いつしか、本は閉じられていた。

 

「……何の目的があってのことなのだろうな」

 それまでただ黙々と難解な本を読んでいた空目が、ぽつりと呟いた。

 その空目に、隣で雑誌のようなペラペラの本を捲っていた俊也がわずかに反応する。

 またしても、よくわからない問いかけをしてくる空目。

 いや、空目の問いかけの意味はわかっているのだが、それによって得られる答えに何の意味があるのかが彼らには理解できなかった。

 空目は、無駄だと思ったことは全て省く性格の持ち主だ。

 その彼が、このような一見無駄とも思える疑問を持ったことに、少なくとも稜子と武巳は首を傾げるしかなかった。

 しかし亜紀と俊哉は違っていたようで、それほど表情に驚きが見られない。

 空目の問いに対して、純粋に答えを見出そうと思考を巡らせている。

 やがて、亜紀がひとつの見解を出した。

「供養のため、でしょ」

「そりゃわかるよ。誰のだ?」

 俊也が眉を寄せて亜紀に訊くが、空目はそれに対して頷いた。

「だろうな。俺もやはりそう思う」

「ん」

 勝手に話が進んでいく2人に、俊也はただ眉を寄せるだけである。

 既に蚊帳の外状態の稜子と武巳は、ぽかんとした顔でこちらを見ている。

 あやめはどうやら内容がわかるようだが、何故かいつもより憂いを帯びた表情を床に向けている。

「あやめ」

「…っは………はい…」

「お前が気にすることではない。もとより、”魔女”が此処にいる時点でこうなることは決まっていた。お前のせいだけでこうなったわけではない」

「…………………………はい」

 あやめが気にかけていたことを無表情なその双眸で瞬時に見抜いた空目が、理路整然と並べ立てられた言の葉をあやめに投げかける。

 その言葉の節々にはやはり一部はこの神隠しの少女にも責があることを表していたが、それでも彼女はいくらか気分がましになったらしい。

「…で、それを知ってどうするつもりだったの?」

「別にどうもせん。意味のない問いかけがあっても不思議ではない」

 つまり、今日はたまたま空目の気紛れでこんな疑問が生まれたのだということである。

「……もしかして、供養って………」

 はた、と俊也が思い当たったように呟いた。それに空目がこくりと頷く。

「そうだ。彼らの供養だろうな、おそらくは…」

「彼らって?」

 割り込んできた稜子の質問には亜紀が答えた。

「”怪異”のせいで命を落とす結果になった此処の生徒達の供養だよ。推測でしかないけど、あながち間違っちゃいないと思うよ」

 亜紀の答えに、稜子はふと窓の外を見上げた。

 空に溶け込むように消えてゆく歌声。

 微か過ぎて、届ける人達に届いているのかいないのかよくわからない。

 

 けれど。

「……離れた人達が、いるんだよね…」

 稜子が、両目を瞑ってぽつりと零した。

「え?」

 亜紀の問いかけに、稜子は目を虚ろに開けて、窓から見える隔てのない空を見上げながら言った。

「…沖本クンとか、歩由実先輩とか…。遙ちゃんも、そう。

 ………全部がわからないままに大切な人とか大切なものを失って、歩由実先輩は自分で死のうと思うぐらいに追い詰めてしまった。

 ……悲しすぎるよね……巻き込まれなくて済んだかもしれない人達が、理不尽に巻き込まれていくなんて………」

 静かに話すから辺りは自然と静かになってゆく。

 ぽつりぽつりと話す稜子を見ていたら誰も何も話せなくなって、ますます本物の静けさが文芸部の部室に漂う。

 やがて、空目が言った。

「……………それをどうにかして今からでも食い止めるのが、俺たちが今するべきことだ」

 空目の言葉に亜紀は微かに頷き、俊也は眉間を寄せて固く拳を握っていた。

 稜子はさっきまでの表情を引きずっているようだったがそれでも微笑み、武巳は表情を硬くするばかりだった。

 ―――――”そうじさま”のことは、知られてはならないから。

 

 

 

 

 裏庭の主は、相変わらずの笑みを湛えて移り変わり行く空を眺めていた。

「………空は変わるのにねぇ…………」

「彼らは飽くことなく青空を見続けていようとする。それは悪いことではないけれど、それでは君には勝てないだろうね」

 突如現れた客人にも、主―十叶詠子は笑ったその表情を崩すことなく出迎える。夜をまとった、名づけられた暗黒―神野陰之。

「変わらないものに対抗するためには、自分たちも変わらないままだといけないものね。私は変わらない、ならばあの子達が変わらなければ何も変わることはないよ」

「彼らはそれがわからんのだよ。…飽くことなく、いつまでも張りぼての空を見続けている。そこに隔たれたものがあるのだと、彼らにはわからんのだよ」

 神野の言葉にくすりと忍び笑いをもらすと、詠子はすっくと立ち上がってスカートを軽くはたいた。

「今度、ヒントにしてあげようかな。…ううん、あの子達なら直接招待したほうが早いかもね」

「ならば、もう既に土台は整っているのだね?」

「うん」

 そうかと言って笑った神野に微笑みを返して、詠子は歩き出した。

 いつの間にいたのか、無数の影を引き連れて、裏庭をあとにした。

 

 残った神野は、すっかり夜になった空を見上げてひとりごちた。

「………requiem…か。………”魔女”より強く望むためには変わらなければならない。君にそれだけの力があるかね…空目恭一?」

 

 

 

 鎮めましょう   彼らの痛み

 静めましょう    夜の帳

 わたしのうたが聞こえますか

 わたしの想いは届きますか

鎮める歌は届きましたか

 カナリアのようには鳴けないけれど

 もう涸れてしまって泣けないけれど

 わたしは歌を連ねましょう

 わたしの想いを綴りましょう

慰めの言葉は聞こえましたか

 

そんなものなど要らないというなら

そんなものなど聞けないというなら

わたしはより強く願いましょう

あなたたちが望むように

あなたたちが願うように

 

 

 

       鎮魂歌を聞かせて。

 

 

               

 

 

++アトガキ++
 久しぶり過ぎて書き方を忘れてしまってる鎮魂歌(ダメじゃん)